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スペインの首都、マドリードのマヨール広場の歴史

      2019/02/25

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スペインの首都、マドリード

マドリードで必ず訪れるであろう有名な場所の一つといえば「マヨール広場」。これからマヨール広場を訪れる方のために、この広場の大まかな歴史をまとめてみました!

さらに、マヨール広場に設置してある銅像といえば、『フェリペ三世の銅像』。フェリペ三世の銅像にまつわる歴史エピソードで、外人の方々がみんな一様に「えぇぇ!」と驚いていたものも、紹介します。

マヨール広場の大まかな歴史

スペインの首都、マドリードにある『マヨール広場(Plaza Mayor)』。
マドリードの有名な観光スポットで、「フェリペ3世」の銅像が建てられています。

このマヨール広場は、元々市場が開かれ、商業の中心部として栄えていた場所だったようです。

このマヨール広場の建設は、「フェリペ二世」の治世下である1560年に計画されましたが、実際に建築が開始されたのは、1617年。この銅像のモデルとなった「フェリペ三世(二世の息子)」の時代になってからでした。それから、2年ほどで完成。

しかしその後、広場は3度の大きな火事を経験し(1631、1672、1790年)、その度に再建。現在私たちが目にしているのは、1790年以降に再建された状態の広場のようです。

すごく歴史のある広場ですね〜!

さて、そんなマヨール広場に建てられている銅像のモデルとなっている、フェリペ三世
マヨール広場の建築が開始された時の王様であることはわかりましたが、どんな人物だったのか、気になりますよね。

…このフェリペ三世は、英語で『Philip the Pious』としても知られている王様です。
Philip」は「フェリペ」ですが、その後についている「the pious」の意味を調べてみると?

『敬虔(けいけん)な、信心深い、信心ぶった、宗教にかこつけた、偽善的な』

…日本語のwikiでは、「怠惰王」と訳されていました。

…アレ。ちょっとイメージと違いますね。マヨール広場に今も銅像があるくらいだから、てっきり人気のある王様かと思いきや、あまり人気のある王様ではないようです。

それもそのはず。「国」としてざっくり見てみると、
有名な父、フェリペ二世の時代に、スペインは大帝国時代を謳歌しましたが、この三世の時代になって、徐々に国の力が衰退を始めたようです。

他にも色々理由はあるようですが、なるほど。どうやら、国が衰退を始めた時の王様であるという背景もあって、あまり人気のある王様ではないようです。
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謎の臭いを放つ「呪われた」銅像?

さて、フェリペ三世ご本人のことは、かなり大雑把にですが、わかりました。

が、このご本人のエピソードというよりも、このフェリペ三世の「銅像」のエピソードが大変興味深いんです。

まず。この銅像が作られたのは1616年で、現在の位置に置かれたのは1848年

そしてなんと、この銅像は長い間、「呪われている」と言われていたようです。
(…ちなみに、「呪われた」って英語で何て言うか気になりませんか。
よく使われるのが、『Curse』ですね。edをつけて、「Cursed statue」といった風に言えます。こういう時ついでに覚えておくと勉強になりますよね~)

では、銅像がなぜ、そんな風に言われてきたかというと、この銅像からは、ずっと謎の「臭い」がしていたから。
それも、良い匂いではもちろんありません。

何の臭いか分からないので、信心深い当時の多くの人々は、銅像が呪われていると本気で思っていたようです。

そして、そんな状態がなんと、1936年頃まで続いていたといいますから…驚きです。ほぼ100年近く、異臭を放ったままだったんですね。

事態が動いたのは1936年。この年は、スペインで独裁者として知られるフランシスコ フランコ(1892-1975)が台頭し、戦争が始まった年でした。

この時、多くの銅像が破壊され、このフェリペ三世の銅像も破壊されかけたようです。

破壊され「かけた」ということは…、完全には破壊されなかったのですね。

というのも、この像を破壊し始めた時…なんと!

沢山の小さな骨が、銅像の中から散らばって出てきた。
それをみて、人々はびっくり仰天。怖くなって、それ以上の破壊は中止されたそうです。

謎の臭いを発する銅像から、沢山の謎の骨が出てくるわけですからね。
これはびっくりする!驚きます。

特に、今とは時代も違いますし、信心深い方々にとっては、尚更です。
「この銅像は本当に呪われていたのか?!」となり、これ以上破壊したくない!と思う気持ち、わかります。

一体どういうことだったのか??

銅像の中の「小さな骨」の謎

結局、この小さな骨は、一体なんの骨だったのでしょう?

あとになってから、この銅像の中の小さな骨は、沢山の鳥たちの骨であったことが判明します。
…かわいそうに…。
長年銅像から放たれていた謎の臭いは、ここから来ていたのですね…。

本当にかわいそうですが、長年人々に恐れられてきた「臭い」の元は、ここで判明しました。

が…。
…ん?」と思いませんか。まだ何も解決されていないばかりか、新たな謎が一つ生まれますよね。

そもそも。
「一体なぜ、どうやって、鳥たちの骨が銅像の中に大量に集められていたのか?

ここが再び、謎として残されました。
それも、大量の、鳥の骨ですからね…。

謎の正体は

そして、この最後の謎は、1950年代に銅像が修理された際に、銅像の馬の口の小さな穴が発見され、そこから解けることとなりました。

…というのは、かわいそうに、鳥たちはその小さな穴を通じて銅像の中に入ることはできても、その角度と穴の位置、そして暗さから、外に出ることができなかったようだ…ということが分かったのです。

長年の間、そうやって多くの鳥たちが、銅像の内部に迷いこんでしまっていたのですね…。

そのため、迷い込み、出られなくなってしまった沢山の小さな鳥がそこで死んでしまいました。

それが銅像から発せられていた長年の臭いの元であり、銅像内部から見つかった、たくさんの鳥の骨の正体だった…ということのようです。
想像しただけで、胸が痛みますが…。

もちろん、その後、その穴はきっちりと閉じられました。(もっと早く閉じてよ泣)

そして、今もマヨール広場にて飾られているのが、穴の閉じられた状態のこの「フェリペ三世」の銅像だそうです。

飾られている銅像にそんな歴史があったなんて、ちょっと驚きますよね。
マヨール広場を訪れた際は、そんな歴史に思いを馳せながら、銅像を眺めてみてはいかがでしょうか…。

しかし…穴が閉じられて、本当に良かったです。
鳥のことを思うと本当にかわいそうで、胸が痛みます…

ヨーロッパの歴史というのはまた、本当に凄まじいものがありますよね…そんな歴史を思わせるようなエピソードでした。

おわりに

このマヨール広場の迫力は凄まじく、特に夜が、圧巻でした。
ヨーロッパの「広場」なんて見たことがなかったので、初めて見て、本当に驚きました。

ちなみに、「ヨーロッパの歴史って複雑すぎてわからんけど、ちょっと興味あるな」という方、スペイン王家の歴史が知りたいと思った方は、この本がとても面白かったです。

『名画で読み解く ハプスブルク家12の物語』

この銅像の主、フェリペ3世は、ちらっとしか出てきませんが。笑
私は最初に読んで、はまってしまいました。
「怖い絵」シリーズの作者の方が書かれているんですよね。その「怖い絵」シリーズも好きです。

難しく入り組んだ世界史、しかも名前が同じ王様が多すぎて、全くわけが分からない歴史を、名画を見ながら知っていけるので、とても興味深くて、勉強になりました。!
歴史だけではなくて、西洋絵画や、芸術が好きな方にもおすすめです。

歴史から、沢山学んでいって今に生かしていけると良いし、背景のエピソードをちょっと知ることで、また違った見方がしていけるのが良いですよね。

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