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本、逆説の日本史(幕末年代史編)の感想と勝海舟の凄さ

      2019/02/25

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日本史、好きです。幕末では特に勝海舟が好きです。

勝海舟といえば…幕末のキーパーソン。

幕府軍艦咸臨丸で渡米。
坂本龍馬の師。
神戸海軍操練所、神戸海軍塾を設立、坂本龍馬を塾頭とし、諸藩の若者や脱藩した浪人を積極的に入学させる。
大政奉還、江戸城無血開城に貢献。

…などなどといった実績を持つ、誰もが知る幕末の偉人ですよね。

…勝海舟って、知れば知るほど、すごいなぁと感じます。尊敬しかない。

ということで、幕末の歴史をとても興味深く知ることができる本「逆説の日本史」(幕末年代史編)の感想を、主に勝海舟の凄さに焦点を当てて、ただひたすら語っていきます!

勝海舟の凄さ

「逆説の日本史」の幕末年代史編(18〜21)から引用しますと、『勝が偉大なのは、初めから日本全体を見ていて、幕府は滅びてもいいと考えていたこと』だそうです。

当時の日本の中枢機関は江戸幕府。

300年近く続いていた、絶対的な権威。幕府の力は弱まってきたといっても、その歴史が持つ権威は相当なもの。
武士の間では「主家(主人)に対する忠義」が絶対的だった時代です。

そんな時代に、勝海舟は「場合によっては主家への忠義を捨てても日本全体のことを考えて行動すべきだ」という考えを持っていたと言います。

ここで、この勝海舟がどれだけ凄いかをより感じるために、時代背景を簡単に思い出してみると…

欧米列強、植民地をどんどん拡大中。
1840年にはお隣の清でも、アヘン戦争(イギリスVS清)が勃発。
清は負け、香港がイギリスの植民地となる。

そして1853年に日本にも黒船が来航し、度肝を抜かれた日本人。
何百年も鎖国して平和ボケを謳歌していたため、困った困った。

きっちり欧米列強に対抗できるようにならないと、『日本』が植民地にされてしまう!!
「日本人同士で戦っている場合じゃないよ!」
「そんなことしてたら、マジで日本も植民地にされちゃうよ!」

…という感じの状況。

長州藩の高杉晋作は、実際に植民地にされた清を訪れ、その目で見て、危機感を覚えたとされていますよね。

簡単に言うと、こういう状況で、国の存続危機だった。
だけど、この危機的な状況が簡単に分かる人ばかりではありません。

現代の私達から見れば、この時点で、衰退し、時代遅れとなってしまった江戸幕府/鎖国政策を、それまでのように継続することは不可能だったことは明白。

しかし、当時の常識に立って考えると…その頃にはそれは「常識」ではなかった!
常識ではなく、むしろ、それまで数百年続いて来た幕府、そして同じ生活を保てると信じた人が大勢いたと。これ、なんら不思議じゃないですよね。想像がつきます。

だからこそ大変だったし、だからこそ勝海舟は凄かった。

…そして、こういう部分が、この「逆説の日本史」で一貫して書かれていることで、素晴らしいんですよね。
『現代の常識を離れて当時の常識で考える』という当たり前のことが、実はどれだけ見落とされているか。そこを意識して、歴史を紐解いていってくれているので、改めて凄さが分かって…歴史がすごく間近に感じられて、知識としてだけでなくて、まるで映画のように感じられて…とても面白いです。

さて、勝海舟に話を戻すと…

勝海舟は、ガチガチの「常識」の中で、大きな視点で世界を見据えて、幕府や藩以上に大切な、「日本」を守ることを中心に考えて行動していたと。

では、「日本全体を考えて行動していた」ことがよく分かる勝海舟の行動としては…

『神戸海軍操練所、神戸海軍塾を設立、郷士出身の坂本龍馬を塾頭とし、諸藩の若者や脱藩した浪人を積極的に入学させた。』

当時は、しがらみや規則、家柄などでの差別も激しく、身分の高い人には会うこともできない、勿論結婚相手も簡単に選べないという厳しい時代。

そんな時代に、勝海舟は現代でも通用するような「実力主義」を採用して、出身を問わずに、坂本龍馬を始めとした、各藩の士をどんどん優先して入学させ、人材を育てたと。

坂本龍馬や西郷隆盛を始めとする志士達からは師として凄く慕われていた理由がわかってきますね〜。坂本龍馬が惚れたのは、こういうところもあるんでしょうね!

が、伝統や歴史を重んじる守旧派からは、強い批判をされることも当然多かった。そういった批判が出ることも想像ができます。

しかし、そんな中、先進的な実力主義を採用し、坂本龍馬を始め有望な人材を積極的に育てたのも、勝海舟が凄い!と言われる理由の一つですよね〜。

「幕府」にこだわれば、こんなことは出来なかった。
「日本」を見据えればこそ、身分が低いとされていた若者達を積極的に育てたんですね。
そして見事に、彼らは幕末で大活躍したと。

かっこいい涙。見習いたいです。
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江戸の町を戦火から救った『江戸城無血開城』

勝海舟抜きには語れない、幕末の重要な出来事ですが!

かなり簡単にすると…この時の戦いの構図としては、

幕府軍 VS 薩摩、長州などの雄藩連合+朝廷

でしたよね。

戦いの主な理由としては、「新しい日本を作るために誰が主導権を握るべきか?」ということ。主導権争いですよね。

1868年、薩摩藩、長州藩は幕府を滅ぼしに江戸に進軍。
ここで幕府が応戦して正面衝突すれば、江戸の町が戦火に包まれ、兵士だけでなく、市民にも大きな被害が出ることは明白。

さぁ大変。

そんな内戦は避けられなかったような状況の中、「江戸城を明け渡すから攻撃はしないで」という和平案を雄藩連合の大将の一人、西郷隆盛に受け入れさせたのが勝海舟だと。

勝海舟は幕臣でありながら、西郷隆盛とも親交があり、長州の人とも深く関わっていた人間。
しかもこの時、幕府軍には勝算がありました。「絶対に勝てないから降伏した」というわけではなかったようです。

「これをやれば(一時的には)勝てる」という案もあったものの、幕府ではなく日本全体のことを考えていた勝海舟。内戦が泥沼化し、江戸の街で大勢の死者が出ることを避けるためにも、江戸城無血開城の道を慶喜に提言したと。

幕府を潰しに来ていた西郷達に、和平案を受け入れさせたこと自体かなりの敏腕ですよね。それに勝は、かなり用意周到に、様々な (現代で言う)「外交カード」を使ってこれを実現したようです!

「幕府」の為を思ったら「戦うべきだ」と言っていた。でも勝は、あくまで「日本全体のため」に動いた…。

勝海舟がいかに広い視点を持っていたのかが分かりますよね〜。すごい。

そういう、歴史の教科書では見えてこないドラマというか、凄さが伝わってくるのが、読んでいてとても楽しいです!

勝から学ぶ成功の秘訣?

この時ここで日本人同士が戦っていれば、内戦で両戦力が弱り果て、イギリスやフランスといった外国の介入は避けられず、日本は消滅、どこかの国の植民地となっていたかもしれない。

勝海舟は、広い視点を持ち、世界の状況を的確に把握した上で、当時の常識に縛られず、「日本のため」という広い視点で行動した。幕府とか、藩とか、色んな組織があるなか、「日本」を見ていたというの…すごすぎます。

そして、こんな風に歴史を学んでみて、今に生かすとすると。

…時代は変わっても、会社とか、家庭とか、色んな組織がありますが…。
そこだけで終わるのではなく、もっと大きな「日本」や「世界」のために、柔軟に行動していくというのが、先人、勝海舟から学べる成功の秘訣…かも?!

おわりに

「逆説の日本史」、単行本だと大きくて高いので、文庫本化されてから買っています。1から全部読めているかといえば、もちろんそういうわけではないのですが…
時間を見つけて、ゆっくり読みたいなぁ。

文庫本化されるのが毎回とても待ち遠しいんですよね~。うずうず。

幕末の歴史については、幕末年代史編として、18〜21巻で語られています。

他にも、歴史のことをとても面白くまとめてくださっているので、日本史好きにはぴったり。また、歴史を好きになりたい方にもおすすめです!

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