幕末の勉強におすすめの本は?【歴史初心者にも分かりやすい】

おすすめ本

幕末を楽しく勉強したい!おすすめの本ってないかな?

というお悩みに答えます!

本記事の内容

  • 幕末の勉強におすすめの本
  • おすすめな理由1. 薩長同盟のエピソード
  • おすすめな理由2. 福岡藩黒田家のドラマ
    (月形洗蔵と乙丑の獄)
  • おすすめな理由3. 『当時の常識』で考えることを教えてくれる
  • おわりに

この記事を書いているのは、本好き歴20年以上。小さい頃から本好きで、幅広いジャンルの本を読んでいます。
「歴女」とまで言えるかどうか分かりませんが、歴史好きで、特に好きな時代は幕末です。
ちなみに、お気に入りの本の一つは井沢元彦さんの「逆説の日本史」シリーズ(他の記事でもおすすめしていますが)。
そんな読書好き&日本史好きが紹介していきます!

歴史初心者にも分かりやすい、幕末の勉強におすすめの本は?

幕末って時代はとても複雑で、理解するのが難しいと思うのですが、そんな幕末を勉強するのにおすすめの本、ありますよ。猛烈におすすめします。

まずは紹介からいきましょう。それがこちらです。
英傑の日本史 坂本龍馬編<英傑の日本史> (角川文庫)

「あれっ。ちょっと待って。『坂本龍馬編』って書いてある。幕末の勉強がしたいのであって、坂本龍馬の話が知りたいだけではないんだけど。」
と思う方もいらっしゃると思いますが、これ、大丈夫です。

坂本龍馬を中心に、幕末の時代を、興味深く知っていくことができます。
まずはこうして、一人の人間に焦点を当てた方が、意外と歴史ってすんなり入ってきたりするんですよね。

「本当かいな~?」と思う方もいらっしゃると思いますので、この本が幕末の勉強におすすめな理由を具体的に説明していきますね。

おすすめな理由1. 薩長同盟のエピソード

幕末の出来事として、誰でも名前を知っている大きな出来事、薩長同盟。
歴史の教科書なんかでは1行、『犬猿の仲だった薩摩藩と長州藩が手を結んだ出来事』として知られていますよね。

薩長同盟ね。

あ、そう…。へぇ~。
…。

…ただ1行で説明されただけでは、「へぇ~」で終わってしまいますよね。
こんなんだったら、誰でも歴史の魅力に気がつきません。

しかしこの裏には、壮大なドラマがあったのです。
この本では、こういった一つの歴史上の出来事が、どれだけ凄いことだったかを、とても分かりやすく紹介してくれています。
だから、面白い。

どういうことかというと、この薩長同盟。

手を組んだ薩摩長州は本当に、文字通り「犬猿の仲」だったのです。

これ。ただ「犬猿の仲」とだけ書いてあると、勘違いする人も居ます。

ポケモンでいうサトシとシゲル、悟空とベジータ、ルパンと銭形警部…みたいな、そういう、「嫌よ嫌よも好きのうち」みたいな「ライバル関係」を想像して、
「薩摩と長州も、どうせ、そんな感じの好敵手みたいな、良い関係だったんだろ~?」と。

が、薩摩と長州の仲が悪かったのは真面目なレベル
かなり根深く、リアルに仲が悪かった。リアルに。

では、どれくらいリアルに仲が悪かったのか?

これを知るには、簡単に薩摩藩と長州藩の背景を振り返ってみる必要があります。

薩摩藩と長州藩は、歴史を遡れば元々、関ヶ原の合戦(1600年)で負けた藩同士。
負けてしぶしぶ徳川幕府に従ったその精神がずっと受け継がれていたため、幕末でも、倒幕派(幕府を倒そうぜ派)
幕府を倒すことに躊躇いがありません。

だから元々、薩摩と長州は共通の精神を持った仲間でした。
このままなら、仲良くできたはず。

しかし。薩摩藩が、佐幕派(幕府を守ろうぜ派)であった会津藩(福島)と結託し、長州藩を武力で京から追い払ってしまいました。
長州藩からしたら当然、腹が立ちます。

何で幕府側である会津藩の肩を持って、元々仲間であった我々に武力行使するんだ、薩摩藩め」って感じではないでしょうか。

そして、有名なあの事件が、薩摩藩と長州藩の亀裂を決定的なものにしてしまいます。

それが、1864年、京都で起こった禁門の変=蛤御門(はまぐりごもん)の変です。
この時の交戦勢力は、

長州藩 VS 江戸幕府(会津藩+薩摩藩など)

この戦いで亡くなった人といえば、有名な人で言うと、長州藩の偉人、久坂 玄瑞(くさか げんすい)
ここの部分、引用してみます。

『…久坂 玄瑞は禁門の変で戦死した。つまり薩摩に殺されたも同然である。だから、高杉晋作ですら「夷人(外国人)の沓を頭に載せるとも(踏まれても)、薩摩とは手を握らぬ」と叫んだのである。』―165ページより

※ちなみに、外国人の『沓』
これ、難しい漢字ですね。これは「くつ」と読みます。ざっくり靴(Shoes)のことですね。
『外国人の靴で頭を踏まれたとしても、薩摩とは絶対に手を握らない!大事な大事な仲間、久坂玄瑞をあいつらは殺した!』
…という感じでしょうか。

黒船で現れ、驚異だった外国人勢に屈辱を受けたって、薩摩とは絶対に手を組みたくない、と。

なんてこった。

思ったよりも、薩摩と長州には壮絶な背景がありました。

サトシとシゲルみたいな関係だろ~とか言ってたら、ボコボコにされるレベル。
笑えない仲の悪さ

この背景を知って、お互いの心理状態を想像すれば、…二つの藩が手を組むことなんて…無理でしょう。と言いたくなります。
しかし、それだけの関係性だった二つの藩が、手を握ることになったのだから、まさに薩長同盟は『幕末の奇跡』!
それを実現させた坂本龍馬を始めとする人たちが、改めて偉人だなぁと、その凄さを感じられます。

「薩長同盟」なんて用語を覚えるだけじゃ、なにも感動しませんが。
ここには壮絶なドラマがあったんだな…と感じさせてくれるので、すごく楽しみながら読めます。

おすすめな理由2. 福岡藩黒田家のドラマ

次に、この本がおすすめな理由その2として、福岡藩黒田家のエピソードを少し紹介します。

「…ん?ちょっと待って。福岡藩黒田家?幕末で活躍したか?」と思った方、そうなんです。

幕末の勉強をしていて、福岡藩黒田家ってあんまり出てこないですよね。「何したの?」っていう方が多いはず。

しかし、歴史には光があれば影がある。
よく知られている人物から、知られていない人物まで。この本では、そういった歴史に埋もれてしまった「影」の部分のエピソードをあえて簡潔に紹介してくれるので、幕末の歴史をより立体的に知ることができるのです。

福岡藩はその名前の通り、福岡にあった藩のことで、「筑前藩」と呼ばれることもあるそうです。
が、本当にあまり有名じゃありません。
ほとんど幕末での福岡藩の活躍は知られていませんよね。

しかし実は、この福岡藩の活躍もあったおかげで、あの奇跡のような薩長同盟が成立したというのです。

どういうことでしょう?

具体的には、先ほど出て来た、長州藩と江戸幕府がぶつかって、久坂 玄瑞が命を落とし、長州と薩摩の亀裂を決定的なものにした「禁門の変」の後、長州藩が取り潰されそうになったのを防ごうとしたのが、この福岡藩。

それというのも、「今は日本国内で争っている場合ではない!」と分かっていたからだと。

そしてここで颯爽と登場するのが、福岡藩黒田家の家臣、月形洗蔵のエピソード。

誰?って思いませんか。実は、凄い人物なんです。

この月形洗蔵は、長州征伐をやめさせ、幕府と長州の内戦状態を回避し、薩摩と和解させて日本を救おうという目的を持って動いていた。

そう、彼こそが『薩長同盟を最初に実行しようとした人物』であった!と。

引用します。

『それ(薩長同盟)を実際に行える立場に初めて立ったのは洗蔵かもしれない』―P169より

具体的に見ていきましょう。月形が何をしたのか?

一つには、禁門の変の後、長州派の過激派の公家であり、長州に亡命した三条実美らの処遇問題を、福岡藩が引き取ることで解決し、長州と幕府と薩摩の和平を成立させたという話が紹介されています。

これ、ちょっと文章が難しいですね。

一言で言うと、「福岡藩が長州を応援している公家を引き取った」ということなのですが…

こういうと、「何だそんなことか。公家を引き取っただけだろう」と、簡単なことに聴こえます。
が、実はそうではないのです!
これがいかに凄いことか?を、この本では、分かりやすく説明してくれています。

…というのも、この時亡命していた彼ら公家の存在は、いわば「爆弾」であった、と。

過激派とはいえ、公家ですから、切腹させるわけにもいかない。
長州派を天皇が嫌っているため、京に戻すこともできない。
かといって長州藩が彼らを抱えたまま降伏しても幕府は、受け入れない。
しかし、長州としても、彼らを守らねばならない。

「ちょっと待って、どうすれば良い?!」状態。
切腹させられないし、京都も長州も、もちろん幕府も薩摩もダメだし、ぞんざいにも扱えないし。

…こんな取り扱い注意の「爆弾」をどうするか問題で、和平交渉が暗礁に乗り上げてしまいました。
しかし他の藩は、とばっちりを食らうことを恐れ、知らんぷりをしていた。
この「爆弾」に関わることは、それだけリスクがあることだったからです。

そんな時に、手を挙げて彼らを引き取り、薩摩と長州と幕府の和平を成立させたのが月形洗蔵、福岡藩黒田家であったと。

これ、凄いですね…。凄い勇気!
自分たちの藩のことだけ考えていたら、こんな行動は到底取れません。
日本全体のことを考えていたからこそ、リスクを取ってでも名乗り出た。
だからこそ、そういう行動が取れたんですよね。

改めて考えると、より、この凄さが分かってきます。

この時、誰も名乗り出ず、和平交渉が決裂し、幕府が長州を攻めて、内戦になっていたらどうなっていたでしょうか。

日本は弱り、欧米列強の植民地となっていたかもしれません。

それに、長州藩出身で幕末に活躍した志士といえば、高杉晋作や桂 小五郎(木戸孝允)などがいますが、長州が攻撃されていれば、こうした有能な人材も、もっと失われていたかもしれません。

…そう考えると…。本当に凄いなぁ。福岡藩も、凄いじゃん!ありがとう洗蔵!ありがとう福岡藩!

改めて、色んな人間の動きのおかげで、歴史が紡がれていったのが分かります。

しかしこうして、いち早く薩長を仲直りさせよう!と、誰よりも先に実行しようとした月形洗蔵、福岡藩の存在は、なぜ我々にあまり知られていないのか?

それは、その後『福岡藩内において、守旧派の巻き返しがあったからだ』と。

このことに関しては、割とよく知られていますよね。(高校の日本史の教科書には出てきたような気がします。)「乙丑の獄:いっちゅうのごく」と呼ばれているものです。

…幕府が第二次長州討伐に踏み切った際、黒田家の守旧派達はビビりまくりました。
長州を庇った我々は、幕府に潰されてしまうかもしれない。
藩が潰されたらたまったもんじゃない。幕府に従う姿勢を見せないかん!」
という感じではないでしょうか。

それで…月形洗蔵は斬首となり、亡くなりました。
他にも、藩内の勤王派は捕らえられ、幽閉。

これによって、福岡藩内部の空気は一変してしまい…
彼らは、幕末の舞台から姿を消すこととなります。

とても有能な人材を…。斬首なんて。なんてこった。ああぁ。

ちなみに、開明的であったはずの当時の福岡藩、黒田家当主、黒田 長溥が、なぜ月形洗蔵らが殺されてしまうのをみすみす容認したのか、詳しい理由は分かっていないようです。

が、これが理由で、今でもあまり人気がある藩主ではないようです。

そして今も、後世の我々に、黒田藩の動きはほぼ忘れ去られています。
が、こうした先駆者達が居たということを知ることで…
より歴史が楽しくなり、深く知って考えていくことができて楽しいです。
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おすすめな理由3. 『当時の常識』で考えることを教えてくれる

さて、最後になりますが、おすすめ理由その3は、こちら。

この本で一貫して言われているのが…『現代の常識を離れて当時の常識で考える』こと。
この当たり前の所が、歴史を見る上で『実は驚くほどできていない』と書かれています。

これ、どういうことでしょうか?

…例えば、今では当たり前にできるお互いの「位置確認」。
これが当時は出来なかった、という単純な事実があります。
幕末の主要人物、坂本龍馬は土佐(高知)、西郷隆盛は薩摩(鹿児島)、桂小五郎は長州(山口)出身。

皆バラバラの中、現代風に言うと、「今どこ?京都に○日集合ね。薩長同盟について話し合おう。」
…これが出来なかった、と。

勿論、新幹線も電車もないため、何日もかけて京都に行って会いに行っても、「○○さんなら、昨日ちょうど土佐に行きましたけど」と、入れ違ってしまったりすることも、きっとありますよね。
(もちろん、お手紙のようなものはあったにしても…。)

…そう、全国の様々な人材と会って話し合うだけでも、どれだけ大変なことだったか?ということです。

『こうした中、たとえば薩長同盟を立ち上げることが、どれだけ大変なことか、これはもう実感としては、われわれ現代人にはつかめないのだと思う』― 14ページより

私はこれを最初に読んだ時、本当だぁぁああああ!!…となりました。

そんなこと、考えたことなかった。
そうかこれ、どれだけ皆が苦労して、例えば薩長同盟を成し遂げたのか…それがどれだけ凄いことだったか。
想像が膨らんで、改めてこの時代の方々の苦労や凄さを感じられます。
歴史は人間ドラマですね~。

有名な坂本龍馬と、妻のおりょうとの仲にしたって、現代人が思うよりも、ずっと切ないものであったことが想像できます。

次戻ってきてくれるまで待つしかない。少しでも情報を待ち望む。
もしかしたら、もう会えないかもしれない。
せ、切ない…。

今の自分たちの「常識」の感覚と繋げて…当時の「常識」を感じてみる。

そこから想像力を働かせて、歴史を身近に感じる事が出来るというか…、そういう風に書かれているので、面白いです。

おわりに

以上、幕末を勉強するのに、英傑の日本史 坂本龍馬編<英傑の日本史> (角川文庫)がおすすめな理由を3つ紹介しました。
この本の面白さが、伝わっているといいなぁ~~。

もちろん、坂本龍馬編というからには、坂本龍馬のエピソードもたくさん出てきますから、坂本龍馬について知りたい!という方にもおすすめですよ。
歴史を身近に感じて、興味を持って感じられる本です!

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